4周年
一昨日の23日で当ブログの開設4周年となった。
半年くらい放置していた時期があるとはいえ、よく続いたものである。
月数回しか更新しない状態であるが、
今後ともよろしくお願いします。
今週いっぱいが今年の夏休みだ。
1999年の夏休み以降、毎年北海道に3~4日出かけるのがパターンだったのだけれど、
最近すっかり遠出する気力がなくなってしまっているのと、
北海道の天気が芳からざる週だったこともあり、
結局どこにも出かけずじまいで休みが終わろうとしている。
ほとんどは家でゴロゴロしながら過ごしてしまい、
地元の友人と集まって食事に行ったのと、
秋葉原の模型店めぐりをしたくらいが特筆すべきことだろうか。
7月下旬に入ったが梅雨は明けそうもない。
関東では今週になって最高気温が20度台前半の日が続いている。
まったく7月下旬とは思えない気候だ。
記憶では1980、1982、1988、1993、1998、2003が冷夏だったと思う(関東地方)。
1988年以降はきれいに5年間隔で並んでいたが、
今年はそのパターンが崩れそうだ。
今年は5月からずっと梅雨のような状態で、
3ヶ月連続で日照不足が続いている。
大冷夏と呼ばれたのは1993年だったけれど、
この年でさえ5月は比較的安定した天気が続いていた気がする。
3年前も6月から7月上旬くらいまでは晴れの日が割とあったはずだ。
今年の夏はどうなってしまうのか。
北海道夕張市が自治体の倒産状態ともいえる状況になり、
「財政再建団体」の指定を申請することが先日報じられた。
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20060622&j=0023&k=200606228854
夕張は故・宮脇俊三先生が好きだった街で、ベストセラー「時刻表2万キロ」には
「何かと不満の多い人間は一度夕張線に乗るとよいと思う。いくらかおとなしくなるにちがいない」
という一文がある。
また、冬に開催される映画祭が有名であり、
かつて招待されたクエンティン・タランティーノ監督もこの街に魅せられて、
「夕張の雪は世界一美しい。神が雪を降らせている場所だ」との名言を残している。
僕自身も7年前、そして昨年と2度ほど訪れ、非常に印象深い街の一つである。

炭鉱都市から観光都市へと脱却を急ぐあまり、無理が重なってしまったのだろうか。
石炭産業の最盛期に10万人を超えた人口も今は1万人台だという。
前途は厳しいことかと思うが、
日本の近代産業史を学ぶのに重要な石炭博物館などが存続されることを望む。
今後の推移を見守っていきたい。
タイトルの3泊4日旅行を明日からスタートする。
あの大事故があり、当分は鉄道趣味の自粛も考えた。
しかしながら、鉄道は本来安全で素晴らしい交通機関である、
という事実を自ら実体験すべく、予定どおり出かけることとした。
筑肥、唐津、長崎、佐世保、大村のJR各線と、
松浦鉄道、島原鉄道、長崎電気軌道の全線に乗る予定である。
明日の九州地方は天気が良くなさそうなのが気がかりだ。
一昨日より風邪をひいて寝込んでいる。
微熱が続き、鼻が詰まって頭が重いのだが、
幸いにして食欲はあるので、年越そばを食べることもできた。
昼過ぎから数時間ほど眠り、気がつくと外は路面まで白くなっていた。
体調がこんな状態で、雪見酒というわけにはいかないけれど、
真っ白な年越を迎えることである。
このブログを開設して1周年となった。
最初こそ毎日更新したが、それから半年以上放置していたり、
その後も月1~2回程度しか更新していない有様だが、
今後も何とか続けていければと思う。
それにしても1年前と同じような過ごし方をした今日一日であった。
来週一杯が夏休みとなった。
99年以来、夏の恒例となっている北海道行きである。
廃止された名寄、渚滑、興浜南、美幸各線の転換バスに乗ってこようと思う。
鉄道のなくなった街、紋別に泊まる予定なのだけれど、
かつて鉄道があった痕跡を消そうとしている街のようで、
何とも複雑な気持ちになりそうだ。
20年前に戻りたい・・・。
28日夜の鹿児島のホテルを予約した。
往復のジェットも既にチケットレスで予約済みだ。
今回は来春3セク化される鹿児島本線を完乗する予定である。
門司港-八代間と伊集院-鹿児島間は乗っているのだけれど、
3セク化される区間を含む部分が未乗だったことである。
天気予報が晴れから曇りへと、徐々に悪くなりつつあるのが気がかりだ。
♪きっと君は来るよ 2時間も早く
(「僕たちのクリスマスイブ」とんねるず)
とんねるずの2人が頭にストッキングかぶって歌っていたのは十何年前だったか。
「W山下鉄郎」ってテロップも出したりして。
あの頃は景気もよかった。
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