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晩春の赤穂線、播但線、宮津線、舞鶴線

サンライズ瀬戸・出雲で一晩揺られ、
約30分遅れで着いた岡山駅前の松屋で、
昨年の姫路同様ソーセージエッグ定食の朝食を終える。
僅か30分の滞在で岡山に回れ右する。
赤穂線播州赤穂に直通する所謂末期色115系の人となった。
ちょうど朝のラッシュ時で通勤通学客で一杯だったが、
何とかクロスシート通路側の席を確保する。
途中駅で高校生たちが降りるのと同数の高校生がまた乗ってきて、
いったいどこまで通うのかと思ったが、
西片上駅ですべて降りて、車内はすっかり閑散となった。
赤穂線は日生付近で海が見えたり、県境付近で山がちな地形があるほかは、
平凡な田園風景に終始した。

播州赤穂で223系に乗り継ぎ、姫路に着いた。
朝食を食べてからさほど時間が経っていないが、
やはり名物の駅そばを食べてしまう。
中華麺に和風の出汁というミスマッチがなかなかいける。
前回食べたのは2007年の1月で、
つい最近のような気がするのにもう5年も経ってしまったのかと思う。

姫路からは播但線の103系に乗る。
しばらく高架線を走り、地上に出ると田園風景が広がる。
例により寝不足からの睡魔に襲われ、気が付くと車窓には高い山々が目立っていた。
その山に突っ込むようにして寺前に到着。
電化区間はここまででここからはキハ41の単行である。
見慣れない形式だがキハ47を両運転台化改造したようだ。
JR西日本らしく姫路側は切妻の安っぽい先頭部だった。

ここからは峠越えにさしかかり、ディーゼルエンジンを唸らせながら登っていく。
播但線といえば悲運のDLとして知られるDD54が最後に活躍した線区だ。
DD54の牽く旧客で乗りとおしてみたかった。
生野でサミットを越え、快適に和田山まで下った。

和田山は牛肉系の駅弁で有名である。
駅舎下の喫茶店で聞くと、「但馬の里牛肉弁当」を購入できた。
今はこの1種類しか取り扱っていない由。
豊岡まで短い区間だがキハ189系の特急はまかぜに乗り、さっそく箸を使う。
甘辛の味付けの牛肉が乗った弁当の味はまずます。
ちょうど晴れ間が出てきた明るい車窓と相まって、美味しくいただけたことである。

豊岡からは北近畿タンゴ鉄道宮津線に乗り換える。
いったん駅前に出ると小さな駅舎が片隅にある。
西舞鶴まで1680円の切符を買おうとしたところ、
1日フリーきっぷのポスターが目に入る。
なんとまあ1200円とお値打ちだ。
さっそく窓口でフリーきっぷを購入したことだ。

この線の車両はセミクロスシートが基本だと思っていたのだが、
やってきた車両はオールロングシート。
せっかく車窓の眺めがよい路線だのに今一なのだけれど、
おそらく団体ツアー客等の波動輸送に対応するためなのだろう。

同線は部分廃止が取り沙汰されており、今後の状況は予断を許さない。
幸い乗り込んだ列車は連休谷間の平日にもかかわらず観光客の姿も多く、
座席はほとんど埋まった状態だった。

故・宮脇俊三先生の著書で書かれていた久美浜湾はあまりよく見えず、
その後山間部にさしかかるとまた睡魔に襲われてしばらくウトウトとしてしまった。
天橋立に着くと豊岡からの乗客はほとんど下車。車内が入れ替わる。
宮津を出て美しい海岸線を見下ろす景勝地では徐行運転。
不安定な天気なのが残念だが、デジカメのシャッターを何度も押したことである。
同線を取り上げた記事でよく紹介される由良川にかかる鉄橋でも徐行する。
このまま路線が無事存続しますように。

西舞鶴からは東舞鶴まで一駅だけ舞鶴線である。
最初のスケジュールではここから小浜線に乗ることも考えたのだが、
舞鶴線が中途半端に残ってしまうことを考え、
小浜線は次回以降北近畿タンゴ鉄道宮福線とセットで乗りつぶすこととした。

東舞鶴では特急まいづるで折り返すまで1時間20分ほど時間がある。
朝からずっと乗りつくしで少々気分転換の必要もあり、市街地を散策する。
空がどんよりと曇ってきてしまったのが残念だ。
古びた家並みが続く中を歩いていくと緩くカーブした遊歩道に出た。
40年前に廃止された国鉄中舞鶴線の廃線跡である。
やがて遊歩道はトンネルに入る。
有形文化財の北吸トンネルである。
そこを抜けると赤レンガ倉庫群が広がる。
旧日本海軍の倉庫だ。
現在は記念館や郵便局など多目的に利用されている。
港を眺めてから駅までぶらぶらと戻った。
多くの地方都市同様、東舞鶴の駅前商店街もシャッター通り化が進行しているようだった。

新しい287系の特急まいづるで京都へ向かう。
西舞鶴を出た頃からまた睡魔に襲われ、気が付くと綾部に着いていた。
その後も睡魔と闘いながら山陰本線の人となる。
この区間は31年前に乗車しているのだが、
特急出雲で深夜に通過しているので実質初乗りに等しい。
前述した由良川の上流が美しい渓谷となっていた。

亀岡から保津峡に沿う区間は89年に新線に付け替えられた。
ここも旧線時代にしか乗っていないのだけれど、
便宜的の乗車済みの区間としており、何だかすっきりとしなかった。
やっと乗り直すことができてほっとした。

京都は地元の駅弁業者が撤退してしまった。
JRCPの駅弁は正直感心しないのだけれど、
米原の井筒屋の近江牛大入飯が店頭にあったのでさっそく確保。
2食続けて牛肉の弁当だったが美味しくいただきながら、
のぞみで帰路についたのだった。
24時間で14の列車に乗り、少々疲れを覚えたことである。
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