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島原鉄道が部分廃止を検討

島原鉄道の南島原~加津佐間について、
同鉄道が2007年度末を目途に廃止を検討していることが明らかになった。

http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20070131/06.shtml

数年前に廃止が噂されたことがあり、その後は動向が聞こえてこなかったのだが、
鉄道側がついに決断したという感じである。
路線全体の半分近くを占める区間が廃止となってしまう。

島原鉄道は一昨年のGWに乗った。106_0660
さらに詳しくはこちらの旅行記に。
諫早から島原までは乗客も多く、トロッコ列車も賑わっており、
観光鉄道として生きのびる可能性は高いように思われた。
しかしながら路線の末端部分は乗客がまばらとなり、
終着駅の加津佐駅で下車したのはわずかだった。
有明海とその対岸の天草を眺めながら、のんびり走る眺めのよい区間ではあるが、
路線そのものを存続させるためには、部分廃止はやむを得ない現実なのか。

鉄道の廃止が許可制から届出制となって以降、相次ぐ地方鉄道の廃止。
自分が乗ったことのある路線がまた一つ消えそうな状況に何ともやりきれない思いだ。

(2/1追記)
廃止区間は島原外港~加津佐間であることが島原鉄道側から正式に発表された。
http://www.shimatetsu.co.jp/rail/press-1.htm

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写真集「東京下町1930」

桑原甲子雄氏の写真集「東京下町1930」を見る。
戦前の東京の何気ない日常のショットが満載で素晴らしい。

同氏の写真集「東京―1934~1993」を12年前に本屋でたまたま見つけ、
その魅力的な内容に惹かれ、すぐレジに直行して購入した記憶がある。
東京駅ステーションギャラリーで開かれた写真展も見学に行った。

今回は下町にスポットを当てた構成である。
新駅舎が完成したばかりの上野駅や東京市電の姿が鉄的には興味深い。

それにしても、高い建物で覆い隠されていない広い空、
自動車がほとんど見当たらないすっきりした道路、
いずれも現代の都市では失われてしまったものばかりだ。
ひたひたと戦争の足音が聞こえてきた時代とはいえ、
70年も前になってしまった東京のベル・エポックを感じさせてしみじみとする。

東京下町1930
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桑原 甲子雄
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兵庫県の鉄道あれこれ(その3)

木造駅舎が汽車駅らしい雰囲気を残す谷川で降りた。
福知山線は三田~福知山が未乗なので、いったん福知山に出る必要がある。
乗り換え時間は50分近くとたっぷりある。
満足に昼食をとっていないが、駅前には営業中かどうか不明の旅館兼蕎麦屋とスーパーくらいしか見当たらない。
とりあえずスーパーに入り、カレーパンを買って待合室でもそもそとかじった。
待合室は広いが、高校生が一人ポツンと座っているだけでさびしい。

40分ほど待ってホームに出る。
反対側のホーム裏で行われている保線工事の音と野鳥のさえずり以外は何も聞こえず、
実に長閑な場所である。
雲の切れ間から西に傾いた陽が射してきた。
カーブを曲がって現れた113系の2両編成に乗り、福知山へ向かう。

さきほどの加古川線の車両より、国鉄型のこの車両の方が妙に落ち着くのが不思議だ。
谷川同様に汽車駅の雰囲気を残す駅の数々を過ぎる。
20年ちょっと前まではDD51の牽く旧型客車が走っていたのだ。
その頃に乗ってみたかったと思う。

さほど険しくない山間部を走る。
石生駅には「日本一低い中央分水界の駅」という看板がある。
この地形を見ると納得である。
しばらく電車に揺られて新装なった高架駅の福知山に着いた。

特急文殊で折り返すまで10分ほどしかないので、駅前をゆっくり眺める余裕はない。
乗車券と特急券を購入してすぐに改札を入る。
かつて鬼そばという名物立ち食い蕎麦があり、駅弁も販売されていたのだが、
一昨年の駅高架化で両方とも失われて、何とも味気ない駅となってしまった。
DD51がたむろしていた機関区も今はない。
跡地らしき場所は再開発工事の真っ最中だった。

窓際の席をしっかり確保して宝塚に向かう。
谷川まではさきほど乗った区間なのでウトウトとしてしまう。
やがて車窓にゴツゴツした岩肌の渓谷が現れる。
右に左にと移る渓谷を眺めるうち、人家が増え始めて篠山口に着いた。

このあたりは急カーブが多いようで、特急らしくないゆっくりとした速度で走る。
15年半ぶりの三田はマンションが増えたように思える。
これで福知山線も完乗となった。
夕暮れの宝塚で下車する。
そのまま大阪に出るのはもったいないので、阪急宝塚本線で未乗の蛍池~阪急宝塚に乗る。

急行電車に揺られて梅田に向かう。
徐々に乗客が増えて立ち客でいっぱいとなる。
梅田は大ターミナルでさすがにごったがえしている。
あちこち工事中で迷路のようになった大阪駅で新幹線の切符を購入する。
のぞみの指定券は通路側も売り切れていたので、自由席特急券を購入した。
ホームの列に並んでいると妙に周囲の視線が気になった。
普通電車が入ってきて納得。
目の前に止まったのは女性専用車なのだった。
そそくさと隣の車両の列へと移った。

新大阪駅では夕食用として21世紀出陣弁当を購入。
のぞみの自由席は混雑していたが、何とか席を確保して帰路についたことだった。
家に帰って数えてみたら、一日で25本の列車に乗ったことになる。
我ながら呆れてしまった。

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兵庫県の鉄道あれこれ(その2)

加古川は一昨年に高架化され、14年前に訪れた時の面影はない。
兵庫駅同様に中間改札があり、そこを抜けて加古川線のホームに上がる。
125系電車は単行で座席は埋まっており、吊り革につかまった。
播州平野の特色のない風景を眺めながら厄神で乗り換える。

三木鉄道のレールバスに乗るが、乗客は自分も含めて7人と寂しい。
途中駅からの乗車客はなく、2人が下車したので三木駅まで乗り通したのは5人。
自分以外の4人のうち、2人は同業者であったことがわかる。
故・宮脇俊三先生風に書くと、まともな乗客は2人だけだったということになる。

沿線は田園風景が広がっているが、まとまった集落もあり、それほど過疎地帯には見えない。
しかし、廃止を前提とした市長が就任し、このままバス転換は免れない状況である。
確かに上記のとおり乗客は少ない。
人の流れに合っていないルートとはいえ、どうしたものか。
沿線住民に見放されている路線ということなのか。
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国鉄時代そのままの駅舎、貨物ホーム上屋などが残り、好ましい雰囲気の三木駅から駅前を歩く。
町外れに位置するとはいえ、駅周辺には商店や住宅が密集している。
それでもこのあたりに住む人は三木鉄道を利用することはほとんどないのであろう。
折り返しの列車は行きに比べると途中駅での乗降も結構あったが、
ボックスに一人ずつ埋まる程度の乗車率に過ぎない。
この現状では廃止という結論もやむを得ないのかという気持ちになってしまった。

厄神で再び加古川線の人となる。
今度は103系「眼のある電車」2両編成だ。
横尾忠則氏デザインのこの電車、とても趣味がいいデザインとは思えずぞっとしないのだが、
地元での評判はどうなのだろうか。

粟生で電車を降り、向かい側のホームに停車している北条鉄道のレールバスに乗る。
三木鉄道と違い、こちらはすべてロングシートなので車内はどことなく間が抜けて見える。
この頃から空が雲で覆われてしまう。
車窓も平凡な田園風景が続くこともあり、ついつい居眠りしてしまう。
乗客は三木鉄道で見られなかったスーツ姿のビジネスマンも目立つ。
そんな北条鉄道でさえ、廃止云々の噂が出てくるようになってしまった。
大阪方面に出るには中国自動車道の高速バス利用が圧倒的なようだ。

終点の北条町は駅前に大型スーパー等もあり、三木鉄道よりも好条件に思える。
それでも苦戦しているのが悲しい現実である。

粟生で乗り換えた加古川線の電車は再び単行の125系。
神戸電鉄から乗り換えてきた高校生でたちまち車内はいっぱいになる。
まだ13時過ぎで下校には早いように思えるが、3年生の期末試験シーズンらしい。
さらには次の河合西で黄色い帽子の小学生が大挙乗り込み、すっかり満員電車となる。
小学生は一駅で降りていったのだが、感心しない混雑ぶりだったことである。

西脇市で跨線橋を渡り、谷川行きの同じ125系に乗り換える。
こちらの乗客は閑散としていた。
車窓は田園風景から山間部に入る。
乗客は減る一方で何ともわびしくなる。
谷川で下車したのはほんのわずかだった。

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兵庫県の鉄道あれこれ(その1)

3年ぶりに寝台急行銀河に乗り、兵庫県を中心とした関西の鉄道を乗り歩く。
前回同様、今回もA寝台を奮発した。
ゆったりとした寝台はやはり快適だ。
流れ去る夜景を見ながら缶ビールをごくりとやるのは至福の時である。
幾度となく廃止の噂が出ている銀河だけれど、今後も走り続けてくれることを願いたい。

7時過ぎに大阪駅に降り立ち、大阪環状線で京橋まで。
駅前のマクドで朝食をとり、JR東西線に乗る。
98年に北新地~尼崎を乗車しているが、京橋~北新地は未乗になっていた。
そろそろラッシュ時にさしかかってはいたが、比較的楽な混み具合で運ばれる。
新福島から座ることができた。
尼崎からは山陽本線でゆいつ未乗の和田岬線に乗るべく、快速電車で兵庫に向かう。

この区間に乗るのは11年ぶりである。
その時は沿線に青いビニールシートや仮設住宅が目立った。
今は新しい建物が目立つ。
ちょうど2日前に阪神大震災の関連行事のニュースを見たばかりだ。
つい最近のような気がするのに、12年も経ってしまったのかと思う。
あのことは決して忘れてはならない。
改めて犠牲になった方々の冥福を祈る。

兵庫で和田岬線に乗り換える。
関所ともいうべき中間改札を抜ける。
関東で言うところの鶴見線のイメージがあったのだが、
こちらは工場よりも住宅が多い感じである。
あっという間に和田岬駅に到着。111_1177_3
すぐに折り返した。
当たり前のことなのだが、兵庫の中間改札でSuicaがそのまま使えたことに感激する。

今日のメインは三木鉄道と北条鉄道なので、そのまま加古川まで行ってもいいのだが、
山陽電鉄本線の未乗区間、山陽明石以西に乗っておきたいので明石で下車。
15年半ぶりに降り立つ駅周辺をぶらぶらしてから、山陽電鉄の直通特急に乗る。
寝不足でときおりウトウトしながら山陽姫路に着く。

JRの姫路駅は高架化工事が進捗中で、山陽本線は昨年高架化されたばかりだ。
名物の駅そばも新設されたホームに移動している。
10時過ぎの中途半端な時間だが、昼食をとる暇がなさそうなので天ぷらそばを注文。
和風の出汁に中華風の麺という変わったそばなのだが、味はなかなか。
食べ終えた後、ほどなくやってきた新快速で加古川に向かった。

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転機を迎えた第3セクター鉄道

旧国鉄の特定地交線を引き継いで誕生した第3セクター鉄道だが、
それから20年前後が経過した今、各地で厳しい立場に置かれている。

「国鉄継承の三セク鉄道28社、半数が開業以来赤字」
http://www.asahi.com/business/update/0115/036.html

以前紹介した三木鉄道、若桜鉄道のほか、樽見鉄道、いすみ鉄道でも存廃問題が議論されている。
上記の記事には出てこないが、わたらせ渓谷鉄道もかなり危機的な状況だ。
蒸機の運転が好評で、観光鉄道に生まれ変わったように見える真岡鉄道でさえも、
2006年度中に経営安定基金が底を付いてしまう見込みだという。
開業当初に黒字を達成して注目された3セク第1号の三陸鉄道も今は昔である。

もともと国鉄時代にバス転換が適当と判断された路線が多かったとはいえ、
ローカル線のお得意様だった高校生の乗客が激減してしまうような、
急速な少子化、過疎化は想定外だったに違いない。

昨年末より銚子電鉄が大きな話題となり、
地方鉄道にスポットを当ててもらえるようになったのはありがたいが、
まだまだ全国には経営が苦しい鉄道が数多く存在すること、
廃止の瀬戸際に立たされている鉄道が珍しいものではないことを、
もっと多くの人に知ってもらいたいものだ。

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苦境に立つ銚子電鉄、今度はCD販売

すっかり有名になってしまった銚子電鉄だが、大好評のぬれ煎餅に続けとばかりに、
今度は応援ソングのCDを販売することとなった。

http://www.j-cast.com/2007/01/11004802.html

昨年中に訪れたいと思いつつ、未だ叶っていない。
2ちゃんねる有志らによる支援、ボランティアもあり、正月輸送は何とか乗り切れたようだ。
現代におけるネットの力を思い知らされる。

http://mytown.asahi.com/chiba/news.php?k_id=12000000701030003

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