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乗りつぶしオンライン

乗りつぶしオンラインというサイトがある。
ユーザー登録を行い、乗車区間を入力すると自動的に乗車キロを計算してくれるので、
乗り鉄のデータベースとして便利なサイトである。
現在1200人以上が登録されている。
JRだけでなく私鉄にも対応しているところがすごい。

先日登録を行って、これまでの乗車区間を入力したのだが、
面倒ながらも楽しく、また懐かしくなる作業であった。
○○年○月までは記憶していても、何日かは定かでないことが多く、
古い手帳を引っ張りだすなどした。
昔は入場券など切符を集めていた時期があったので、
切符の日付から乗車日の特定を行ったほどである。
首都圏出身で山手線等は小さい頃からおなじみだったため、
さすがに初めての乗車時期を特定できず、乗車年月日を入力できなかった路線もいくつか。

このサイトでは乗車キロの多い順にランキングしてくれる機能がある。
JR優先で私鉄は後回しの乗り鉄であるが、すべて入力し終わったところ、
私鉄の方がランクとしては上位だったのが意外である(ともに100位以内)。

JRはともかくとして、私鉄まで完乗できるような気はしないのだが、
未知の線区を一つずつ乗りつぶしていくのはなかなか楽しいものだ。
乗り鉄の楽しさを教えてくれた宮脇俊三先生が亡くなり、
26日で丸3年が経ったけれど、
自分のペースであちこちの路線に乗っていきたいと思う。

ブルートレイン・エイジ

小学生の頃、ブルートレインブームがあった。
今から20数年も前の話である。
何がきっかけだったのかはわからないが、スーパーカーブームが一世を風靡したのち、
とにかくブルートレインブームはやってきた。
ブームに感化された僕たちは、父親のカメラを借りて東京駅や上野駅にくりだした。
あまりにもカメラ少年が殺到し過ぎたため、
後に東京駅ではホーム両端部での撮影が禁止されるほどであった。

憧れのブルートレインにはじめて乗ったのは中学1年終わりの春休みだった。
特急ではなく急行の銀河だったのだが、今でもいい思い出となっている。
当時の銀河は20系客車を使用しており、幅52センチの3段式寝台という、
現在の感覚からすればなんとも窮屈な車両ではあったが、
体格が発育途上にある中学生にはそれでも十分だったのだろう。

興奮してあまり眠れないまま、外が明るくなった。
じっとしていられなくなり、最後尾のナハネフ22という車両に出かけた。
この車両は後部が曲面を描く大きな2枚窓で構成されており、さながら展望車のようだった。
窓から後方に流れていく線路をずっと眺めていた記憶がある。

その後、中学生の分際で出雲の個室A寝台に乗るなどという贅沢をしたときもあった。
銀河の車両は変わってしまったが、その後も何回も利用した。

時代は流れてブルートレインはすっかり斜陽化してしまった。
Wikipedia にあるように、現在運行されているのは臨時列車も含めてわずか11本である。
ここ数年で、はくつる、さくら、あさかぜ、彗星と伝統ある列車が次々消えていった。
そして1ヶ月後には出雲が廃止されてしまう。
時代のニーズにあわなくなり、確かに利用者は減少しているのだろう。
自分自身を振り返っても、数年に1回程度しか利用していない状況である。
一番最近に乗車したのが一昨年3月の銀河だ。
その時はA寝台を奮発したのだが、下段だったので車窓を独り占めできて楽しかった。

数少なくなったブルートレインだが、これほど旅情を感じさせるものはない。
僕もブルトレブーム世代の端くれとしてできるだけ利用していきたいものだ。

三木鉄道、廃止か?

三木鉄道廃止を選挙公約に掲げ、先月の市長選で当選を果たした三木市長。
社長不在がつづいていた三木鉄道の社長に就任すると、
さっそく三木鉄道廃止の方針を明らかにした。
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/00047749sg200603040800.shtml

市の負債は「ハコモノを造り過ぎたつけ」であって、
「現在のサービス向上よりも、次世代の負担軽減」という姿勢らしい。
代替となるバスの運行に支障がないレベルに道路が整備されており、
公共交通のサービス低下に繋がらないという保障はまったく考慮されていないようだ。
http://www.kobe-np.co.jp/chiiki/rensai/200601miki2/01.html

三木鉄道は将来の世代に残す価値のないものという認識なのであろう。
無駄なハコモノと一緒にされては、国鉄三木線~三木鉄道を支えてきた多くの人たちの苦労が報われまい。

かつて国鉄の特定地方交通線の廃止が推し進められたとき、
沿線自治体の首長の多くは断固反対の立場を貫いたものだった。
北海道の旧国鉄美幸線を抱えていた、当時の美深町長の精力的な活動が思い起こされる。
住民もそれら首長を支持していたのである。
鉄道廃止を公約に掲げた首長が当選することなど考えられなかっただろう。
今回は市の財政に大きく影響する第3セクター鉄道という違いはあるものの、
時代は変わったと痛感させられる。

しかしながら、三木市民がこの市長を選出したことは事実なのだから、
よそ者がこれ以上口を挟むべきではないということか。
静かに推移を見守りたく思う。

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