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SLあぶくま号

SLあぶくま号は今日と明日の2日間、磐越東線のいわき~郡山間を往復する。
下りの列車にいわきから乗った。
1号車の客車はスハフ32である。107_0735
木製ニス塗りの車内がなんとも良い雰囲気だ。
カーテンなどはなく、窓にはよろい戸が備え付けられている。
戦前、昭和13年製造の大ベテランである。
67年間も大切に使われてきたのだ。

窓を開けてさわやかな風を浴びる。
いい天気に恵まれてなにより。
田植えの終わった田んぼが水をたたえて美しく光る。
トンネルに出入りするたびに窓を開け閉めするのが、面倒だけれど楽しい作業だ。107_0745
汽車旅の楽しさを改めてかみしめる。

谷間にC11の汽笛が響く。実に美しい調べだ。
蒸気機関車というのは、機械というよりも生き物だと思える。
力強い走行音に感動したことである。
そんな走りに魅せられて、沿線にはギャラリーがいっぱいである。

途中駅でしばしば10~15分ほど停車する。
大越駅では地元の特産品などを販売していた。
名物のけんちんうどんを200円で買い、ホームでかきこむ。
素朴な味わいでおいしかった。
107_0752
郡山まで3時間47分もかけてのんびり走った。
通常の列車は1時間40~50分ほどで走る道のりである。
磐越東線は夏井川渓谷を除けば、比較的平凡な車窓風景なのだけれど、
まったく退屈せず、時間が非常に短く感じられた。
乗っている人々はもちろん、沿線で見送る人々も実に楽しそうな表情をしていたのが印象的だった。

80年代、テクノな頃

3月下旬にYMOメンバーのソロアルバムが再発された。
とりあえず、坂本龍一&カクトウギ・セッション「サマー・ナーヴス」、
高橋幸宏「ニウロマンティック」、「What Me Worry?」を購入。

熱心に聴いていた中学時代が懐かしく思い出される。
LPを何枚も買えるほど小遣いもなく(大部分は鉄道関連につぎこんでいた)、
友人からLPを借りて、SONYのDUADやUCX-Sなど、当時としては高級なテープに録音したものだった。
ただ、今回の再発からは、高橋幸宏「薔薇色の明日」が漏れているのが残念だ。
これもいいアルバムだったので、早めの再発を希望することである。

列島縦断 鉄道乗りつくしの旅 春編終了

3月からスタートした企画が先月末で無事終了した。
福知山線事故の影響で放送が延期されていたため、
今日になってやっと、九頭竜湖駅のゴールを観ることができた。

昨年の最長片道きっぷの旅と比べると、どうも散漫だった印象は否めない。
駅にギャラリーが集まり過ぎて、ゴチャゴチャしていたこともあろう。
ルートも前回のように一本につながっておらず、
あちらこちらへと飛び回っていたこともある(今回の旅の性格上やむを得なかったのだが)。
それでも桜から新緑へと、美しい日本列島の風景が見られたことである。
秋編にも期待したい。

西九州鉄道乗りつくしの旅(4日目)

長崎駅を経って、長与経由の長崎本線旧線をたどった。
国鉄色のキハ66/67が懐かしく感じられる。
トンネルばかりで味気ない新線と比べると、
大村湾の海岸線を走り抜ける箇所もあり、なかなか楽しめた車窓だった。

諫早で大村線、佐世保線直通のシーサイドライナーに乗り換える。
多くの人が書いているように、大村湾は静かに凪いでおり湖のよう。
対岸の西彼杵半島がぼんやり霞んで美しい景色を堪能した。
ハウステンボスでほとんどの乗客が下車。
ちょうど反対側のホームに特急ハウステンボスが着いたばかりとあって、ホームは大混雑だった。
終点の佐世保は長崎同様、丘の斜面に住宅が広がる港町である。

松浦鉄道のレールバスが佐世保の市街地を貫いていく。
住宅が両側に連なる中、トンネルをいくつもくぐっていった。
この頃から急に睡魔に襲われはじめ、車窓もあまり眺められなくなったのが残念だ。
ウトウトしながらたびら平戸口に到着した。
本土最西端の駅である。
これで最北端、最南端、最東端、最西端の駅をすべて訪れたこととなった。
本土最南端の西大山だけは下車せずに車内から眺めただけだったが・・・
日本の最南端と最西端の駅が誕生したゆいレールもいずれ訪れたく思う。

玄界灘の美しい風景を眺めながら伊万里に向かった。
対岸の陸地が島なのか半島なのか判別しずらいところも多い。
長崎県の海岸線の複雑さを改めて実感したことである。
伊万里で乗り換えた列車は満員であまり外は眺められず。

陶器市開催中の有田駅は賑わっていた。
接続が悪いため、佐世保までわずか20キロを特急みどりに乗らざるを得ない。
佐世保では構内に屋台を出展していた佐世保バーガーを買う。
駅の裏口を出て、港に浮かぶ艦船を眺めながら味わった。

博多までの特急みどりは佐世保を出た時点で既に指定席も自由席も満員。
有田からは陶器市帰りの乗客が多数乗り込んで通路まで立ち客でぎっしりとなった。
臨時の快速などを走らせてはいるが、臨時の特急増発や車両の増結も考慮すべきではなかったか。
鳥栖に到着して長崎本線も完乗となった。

博多からは、時間にあまり余裕がないため福岡空港に直行。
ジェットで帰路についたことである。

西九州鉄道乗りつくしの旅(3日目)

長崎駅の観光案内所で電車一日乗車券を購入し、長崎電気軌道の全線に乗る。
昨夜、長崎名物のトルコライスを食べに行く際に一部は乗車済みである。
たっぷり1日時間を取ってあるので、市内観光をしながらの乗りつぶしとなった。

GW真っ只中とあって観光客で混雑が予想されたため、
朝9時台と早めの時間にグラバー園を訪れた。
石橋で下車し、斜行式のエレベーターで坂を上がっていった。
雲一つない快晴の空の下、長崎の街と港を見下ろす眺めは美しく、
うまく言葉に表現できないほどだ。

徒歩でオランダ坂、館内町、出島などを回る。
4年前に訪れた函館もそうだったけれど、
異国情緒あふれる坂のある港町というのは素晴らしいと感じた。
その後、築町から公会堂前まで乗車。
寺町をぶらぶらしてから昨夜と同じ店で昼食とした。

午後は眼鏡橋など石造りの橋を眺めてから、正覚寺下、蛍茶屋の2つの終点を折り返す。
松山町で下車してから、平和公園と原爆資料館を見学した。
熱線でグニャグニャに溶けたサイダー瓶などに、実際に触れることのできる展示物もある。
今は新緑が美しいこの地が、60年前に焼け野原となったのだ。
あのような非人道、残虐な兵器は二度と使用してはならないとの思いがつのる。
この場に及んで、核兵器を開発しようとしている北の国には怒りを禁じ得ない。
館から出た時、青い空が目にしみた。

一番北にある終点の赤迫で全線を完乗した。
超低床電車に乗れなかったのが残念である。
少々歩き疲れたので早めにホテルに戻って休息。
夜は長崎ちゃんぽんを味わったことだった。

西九州鉄道乗りつくしの旅(2日目)

今日は島原半島をぐるりと一周した。
朝のうちはどんより曇っていた天気も昼頃より回復し、
気持ちよい晩春の一日となったことである。

佐賀から乗った特急かもめは、肥前山口を出ると有明海沿いを走る。
晴れていれば最高の景色なのだが、やむを得ないだろう。
諫早で降りて、島原鉄道に乗り換える。
車内はさらりと埋まっており、通路側の席しか確保できなかったが、
車窓はそこそこ楽しむことができた。
島原-深江間で運転されているトロッコ列車にも乗った。
雲仙普賢岳の災害の大きさと、そこからの復興ぶりを目の当たりにすることができた。
島原市内で武家屋敷や島原城を見学。
名物の具雑煮を食べた後、廃止も噂される島原鉄道の末端部を単行のディーゼルカーに揺られた。
終点の加津佐は海沿いのこじんまりとした街だ。
すぐそばに海水浴場があり、諫早行きのバスを待つ間、海を眺めながらのんびりとした。

島原半島西側のバス路線は大部分が海沿いを走り、
かなり高いところから海岸線を見下ろすなど、アップダウンも目立つ。
このあたり鉄道の車窓とは一味違った魅力がある。
のびやかな海を一日堪能した。

夕方の渋滞に巻き込まれたため、予定していた長与経由の列車には間に合わなかった。
この結果、4日目のスケジュールが狂ってしまい、平戸を訪れることが不可となった。
あくまでも今回は鉄道がメインなので仕方ないだろう。

その後に出る新線経由の特急かもめに乗る。
本来ならば、今回は乗る機会がなかったはずの885系に乗車することとなった。
既に色々なところで語られているように、レザーシートにフローリングの床はゴージャスである。
新線を飛ばしまくって長崎に到着。
長崎は初めて訪れる。
神戸あたりで見慣れているとはいえ、斜面にびっしりと貼りつく家々が印象的だ。
明日は一日長崎市内で過ごす予定である。

西九州鉄道乗りつくしの旅(1日目)

天気が気がかりだったが、福岡空港に降り立った頃には雨が止んでおり、
午後にはときおり薄日が射すほどだった。
地下鉄経由で筑肥線、唐津線を完乗後、佐賀で宿泊となった。

筑肥線の唐津までは海沿いを走る場所もあり、なかなか眺めも良かったのだけれど、
ロングシートの303系なのが残念だったことである。
筑肥線山本以西や唐津線は特筆すべき車窓はなかったが、
平坦地を走るイメージがあったのに、山間部が多かったのは意外だった。
両線ともほとんどが無人駅だったものの、
どの駅にもきれいなツツジの植え込みがあったのが印象に残る。
周辺自治体で駅の美化活動でも行っているのだろうか。
JR九州らしく、古い木造駅舎が大切に使われている駅が多く見受けられ、
なかなか良い雰囲気だった。

伊万里駅はかつての駅のど真ん中を道路が貫通しており、
道路を挟んで西側が松浦鉄道、東側がJR筑肥線と完全に分離した構造となっていた。
在りし日の急行平戸はここを直通していたのになあ、と感傷的になったことである。

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