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西九州鉄道乗りつくしの旅(前夜)

タイトルの3泊4日旅行を明日からスタートする。
あの大事故があり、当分は鉄道趣味の自粛も考えた。
しかしながら、鉄道は本来安全で素晴らしい交通機関である、
という事実を自ら実体験すべく、予定どおり出かけることとした。

筑肥、唐津、長崎、佐世保、大村のJR各線と、
松浦鉄道、島原鉄道、長崎電気軌道の全線に乗る予定である。
明日の九州地方は天気が良くなさそうなのが気がかりだ。

福知山線の悲劇

まずは犠牲になった方々のご冥福をお祈りします。

事故の原因究明については、これから専門家によって行われるので、素人は口を挟まないこととする。
しかしながらJR西日本の労務管理は以前より問題視されていたのである。
運転士を取り巻く環境は正常な状態だったといえるのだろうか?
競争やコストを重視するあまり、安全軽視の体質があったような気がしてならない。
最近トラブルが続いているJALにも同じ要因があると聞く。
公共交通機関の使命は乗客を安全に目的地に運ぶことなのだから、
このような惨劇を二度と引き起こさぬよう、体質を改めてもらいたいものだ。

国鉄の民営化はともかく、分割は果たして必要だったのかと疑問を感じたことである。

東京駅の模型店

東京駅の中(日本橋口コンコース内)にギャレ・ド・パサージュという鉄道模型店がある。
ヨーロッパの主要駅には必ず鉄道模型店があるということで、
JR東海の肝いりで開店した店である。
貴重な店ではあるが、残念ながら日本人の鉄道文化レベルがヨーロッパとは異なるせいか、
なかなか苦戦しているようで、数年前には店舗の縮小移動を余儀なくされたと聞く。

以前から興味があったのだが、たまたま東京駅で乗り換える必要があったため、
このたび初めて訪れることとなった。
確かに店舗は狭いけれど、NゲージやHOゲージ、外国型など幅広く取り揃えている。

最近あまり見かけないKATOのオハ14単品があったので、2両購入することとした。
在りし日の臨時特急つばさ51号を再現すべく揃えていたもので、
これで10両フル編成が揃ったことである。
また、1年前の発売当初はあまり興味がなかったのだけれど、
先日書いたRM増刊「国鉄時代」を見てから、やたら欲しくなってしまったマイクロエースのEF52も購入。
2割引の店も多い中、定価販売というのが財布には痛いが、立地の良さを考えれば止むを得まい。
日本の中心駅といえる東京駅にある鉄道模型店。
これからもがんばっていってもらいたい。

店を出た後は、真向かいにある栄松堂書店で鉄道誌を立ち読みさせてもらったことは言うまでもない。

1500年の花

以前にも書いたように、旧国鉄のローカル線を引き継いだ第3セクター路線が危機に瀕している。
のと鉄道能登線が3月いっぱいで廃止。来年には北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線が廃止される。
岐阜県を走る樽見鉄道も、収入の大部分を占める貨物輸送が今年度限りで打ち切られることとなり、
来年度から苦しい経営が予想されている。
当面は周辺自治体の支援を仰ぐようであるが、鉄道にやさしくない岐阜県のことだから、
この先はどうなることかわからない。

一度乗りに行っておきたいと思っていたところ、
沿線最大の名所といえる淡墨桜(うすずみざくら)が今週末に見頃になると聞き、
頃や良しとばかりに新幹線で出かけた。
名古屋駅では朝食がわりにホームのきしめんを食べる。106_0601
T村先生も著書で書いていたが、これはもう名古屋に来たときの儀式のようなものである。

大垣駅で東海道線から乗り換える。
跨線橋を降りると、DE10とスハフ14のディーゼルエンジンが唸りをあげている。
これから乗る列車は最近では数少なくなった客車列車なのである。
スハフ14の後にはオハ14が2両つながっている。
かつては特急として使用されていた車両が、
ローカル線でひっそりと観光客輸送に使われるさまは何とも哀愁を帯びていた。

車内は中高年のグループ客でいっぱいだが、なんとか窓際の席を確保する。
発車時、停車時のガクンとくる衝撃が実に客車列車で、懐かしい気持ちとなった。
しばらくは平凡な田園風景が広がった後、本巣を過ぎると左手に根尾川の流れが寄り添う。
あいにく反対側の席のため、写真は取れなかったものの、のびやかな眺めだ。

旧樽見線の終着駅だった神海を過ぎると、沿線は山深くなる。
根尾川の流れも渓谷の様相を呈してくる。
2度、3度と深い谷を鉄橋で渡る。いい眺めだ。
ほどなく築堤上にある終点の樽見駅に着いた。106_0606
時間はたっぷりあるので、DE10の機回しのようすなどをゆっくり見てから、
駅前の通りを抜けて、淡墨桜を見物に出かけた。

15分ほど歩いて山道を登ると公園が広がっている。
名所だけあってすごい人出である。
人の波をぬうようにして、淡墨桜の前までやってきた。
樹齢1500年(といわれているが科学的実証はないようだ)だけあり、太くて立派な幹だ。
そこから伸びた枝にきれいな桜色の花をたくさん咲かせている。
枝を支えるためのつっかえ棒がめざわりだけれど、
これだけの古木、大木とあってはやむを得まい。106_0618
素晴らしい眺めであり、しばし見とれてしまう。

その奥には、淡墨桜から苗木を分けた2代目の淡墨桜がそびえ立つ。
初代ほどの迫力はないものの、こちらも立派に育ち、見事に花が咲きほこっている。
公園内にはほかにも桜の木が何本も植わっており、みな満開で負けず劣らず美しい。
見物客がたくさんいて、アルコール類も売られているものの、酔っ払って騒ぐ輩は皆無で、非常にのどやかだ。
まだ日が高いということもあるかもしれないが、これほどの名木を前にしてしまうと、
人は何となく厳粛な気持ちになってしまうのかもしれない。

食堂で当たり外れのない代表といわれるカレーライスの昼食とし、
非常に満足した気持ちで淡墨桜を後にした。
樽見の町は静かな山里という感じで気持ちがよい。

帰りの樽見鉄道はレールバス2両編成だったが、車内はぎっしりで何とか座る。
外もよく見えないので、ポカポカと暖かい車内でウトウトとしながら過ごす。
まっすぐ名古屋に戻るのでは芸がないので、
岐阜から高山本線、太多線を経由して多治見、そこから中央本線で名古屋に出た。
中央本線の古虎渓、定光寺付近の渓谷美を除くと平凡な風景に終始したが、
どこでも桜と菜の花は美しかった。

新日本紀行ふたたび

題記の番組が先週土曜日よりNHKでスタートした。
かつての名番組「新日本紀行」で訪れた場所を再取材し、
人や風景の移り変わりを紹介するとの由。
「新日本紀行」はNHKアーカイブスでときおり再放送されるたび、熱心にチェックしてしまう。
高度経済成長期の日本を映し出した貴重なドキュメンタリーである。
今の日本が失ってしまった何かがその中に残されているような気がする。
「三重連の峠」など、鉄道ものの名作も存在している。

さて、第1回目の今回は「幸福への旅」である。
これも鉄道ものの一つといえるだろうか。
旧国鉄広尾線の幸福駅と、その周辺に住む開拓農家の人々の暮らしを追った番組だった。
4年前のNHKアーカイブスで再放送され、録画したビデオを大切に保存している。
一面雪に覆われた十勝平野の大平原に小さな無人駅、という取り合わせが美しかった。

1973年3月に放送されたこの番組がきっかけになって、いわゆる幸福駅ブームが起き、
幸福行きのきっぷや入場券が爆発的に売れた。
18年前に広尾線が廃線になってからも、駅舎が残されて観光地としてにぎわっている。
自分自身、一昨年の夏に訪れた。
観光客がにぎやかなのだけれど、なんともわびしさを感じてしまった場所だった。

当時の番組で登場した人々が次々と紹介される。
放送から32年の歳月は、老人を故人に、青年を老人に、子供を青年に変えていたが、
開拓者の魂は脈々と今の世代に受け継がれているように感じた。
32年前の番組で今は亡き祖父が運転していたトラクターが、現在でも大切に残されており、
その古びたハンドルを孫が握って感慨深げにしているシーンが印象に残ったことである。

嫁入りの模様が紹介された女性は、今では2人の孫がいる。
特別なことはないけれど、こうして平凡に生活できることが何よりも幸福なのではないかと、
32年間を振り返って番組はまとめられていた。

それにしても、あの感動的なテーマ曲に、おどろおどろしい女性ボーカルが乗るのは感心しない。
不評につき、ほどなく元のボーカルなしの曲に戻されることとは思うが。

国鉄時代

Rail Magazine増刊「国鉄時代」を買った。
表紙がいきなりEF57のモノクロ写真。これだけでかなりくるものがある。
そうはいいながらも、はっきりと見た記憶があるデッキ付き旧型電機はEF15くらいなのだった。
出生時より東北本線沿線住民だったため、EF56やEF57を見てはいたのだろうが、
確かな記憶としては残っていない。

27年ほど前のいわゆるブルートレインブームの洗礼を受けて、
本格的に鉄道に興味を持つようになった小学生だったため、
デッキ付き旧型電機にはやや遅れた世代ということになる。
それでも「国鉄時代」に登場する、当時の鉄道風景はなんとも懐かしい。
旧型電機、旧型客車、旧型国電、荷物列車、雑多な黒貨車、操車場・・・
すべてが過去のものになってしまった。

その頃は上記ブームの影響で、華やかだったブルトレや、
カラフルなイラストのヘッドマークが入るようになった特急電車中心に追いかけていた。
大宮操車場付近に頻繁に出没していたにもかかわらず、
のんびり貨物列車を牽いていたEF15にカメラを向ける機会はほとんどなかった。
被写体として珍しくもなかったからだが、実に惜しいことをしたものだ。

当たり前だった風景が、どれほど貴重なものであったか、今になって思い知らされる。
さらには、ブルトレやイラスト入りヘッドマークでさえ、
少しずつ消えゆく現状が実にさびしく感じられることだ。

グッドバイからはじめよう

ちょうど波のようにさよならがきました。

日立電鉄線
のと鉄道能登線
名古屋鉄道岐阜市内線
名古屋鉄道揖斐線
名古屋鉄道美濃町線
名古屋鉄道田神線

言葉はもう何もいらない ただ見送るだけ

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