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中国地方JR未乗路線乗りつぶし(その2)

1日はよく晴れ渡った朝となった。
宇部新川の駅近くには朝から営業している店がないので、
駅から住宅街の中を十数分ほど歩く。
遠くに宇部興産の工場を臨む。
旅先で朝を迎えると、日常から1000Km彼方にいることを実感する。
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所謂ロードサイドにある松屋でソーセージエッグ定食の朝食とした。
ここ数年旅先での定番である。

まずは昨日中途半端に乗り残している小野田線を完乗する。
単行のクモハ123で昨日から3度目となる雀田まで運ばれる。
緑地帯の向こうに工場群を望みつつ、住宅と田園が混在する中を走って小野田に到着。
本日最初の完乗線区となった。

小野田からはいつ見ても似合わない末期色の117系で厚狭に移動。
少し時間があるので駅前を一回り。
古びた駅前旅館などを眺めながら駅に戻った。

次の美祢線は派手に秋芳洞ラッピングされたキハ120である。
オールロングシートがぞっとしないが、西日本の非電化路線では避けて通れない。
厚狭川に沿って曲がりくねりながら走る。
やがて山が両側に迫り渓谷の様相を呈してくる。
なかなかの眺めなのだが、ロングシートでは景色が眺めにくい。
沿線に赤茶色の所謂石州瓦の民家が目立ち始める。
名前の通り、島根名産の瓦なのだがこのあたりにもかなり進出しているようだ。
線名にもなっている沿線の中心都市美祢で乗客がかなり入れ替わった。

昨日から中国地方の各線を回っているが、
各駅でピンクや白のツツジの花が目立つ。
無人駅でもきれいに手入れされた植込みがあり、
地元の人たちがボランティアに精を出しているのだろう。

いつの間にか分水嶺を超え、今度は音信川沿いとなる。
対岸に湯本温泉の旅館が立ち並び始めると長門湯本。
ここから急に下りはじめ、あたりが開けるともう海に面した長門市である。
陰陽連絡線の中でも美祢線はなかなかの短さで、
あっという間に太平洋側から日本海側に出てしまった。
これで美祢線も完乗。
時刻もまだ11時台で、午前中に2路線を片付けてしまった。

仙崎支線の列車まで1時間弱時間があり、ちょうど昼時なので昼食とする。
事前にネットで調べたところ、
夜は焼き鳥屋になる店がランチタイムにラーメンを提供しており、
駅から5分ほどと近いうえラーメンの評判もいいらしい。
そのながと本陣までぶらぶらと歩く。
ドラマ「あまちゃん」ではないが、車は通るのに歩行者はまったくおらず、
まさしくモータリゼーションを感じさせる長門市だった。

店に入り本陣特製ラーメンをいただく。
鶏にこだわりのある店らしく、地鶏長州黒かしわの鶏ガラスープが上品な味わい。
淡麗あっさりラーメンでなかなかの味だった。
前夜がこってり系の宇部ラーメンだっただけに、
好対照のラーメンを2日連続で食べられて満足した。

駅に戻り仙崎支線のキハ40に乗り込む。
下関からやってきた列車はほとんどの乗客が降り、
同業者と思しき男性と僕の2人だけとなる。
ごちゃごちゃした住宅街を4分ほど走るとあっけなく仙崎に到着した。
駅ではやはり同業者らしい数人が写真を撮っていた。

折り返しまで12分ほどの間に海のそばまで行きすぐ引き返す。
先ほどの同業者たちは見当たらず、長門市までは貸切状態となった。
長門市からの山陰本線はエメラルドグリーンのきれいな海が広がる。
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これほど美しい日本海を車窓から眺めるのは、
14年前の五能線乗車時以来だったことである。


内陸部の田園地帯と海岸線を交互に繰り返しながら下関まで。
2時間半の道のりは全く退屈しなかった。
山陰本線では江津-長門市の一番本数が少なくて乗りにくい区間が残ってしまった。
かつては特急も走っていたのに隔世の感がある。

下関では時間があるので高架下の店でふく天うどんを味わう。
ふく(下関でいうところのフグ)の天ぷら入りの珍しいうどんである。
昼食のラーメンから3時間ほどで空腹ではないのだが以前から食べたかったのだ。
九州ブルトレ全盛期にはホーム上の店舗もあり賑わっていたと聞く。
今では一店舗のみの営業のようだ。
昨日4月30日で駅弁の販売が終了し、その旨の貼り紙があった。
ふくすしを食べてみたかった。

本州最西端の下関まで来て、まだ15時台とあれば九州に足跡をしるさないわけにはいかまい。
415系で門司に出て乗り換え、門司港駅に行く。

13年前に訪れた時は時間がなく、門司港レトロ地区を見物する暇もなかったが、
今回はゆっくり見物できる。
歴史ある門司港駅が保全工事中なのが残念だった。
工事終了は3年後のようだ。
それでも界隈の歴史ある建造物群をいろいろと鑑賞できた。

今回の旅のラストは平成筑豊鉄道門司港観光レトロ線で締める。
かつての貨物線を観光用の鉄道に転用したものだ。
南阿蘇鉄道で使用されていた小型のDLと島原鉄道で使用されていた無蓋貨車の編成である。
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実はちょうど10年前のGWに島原鉄道でトロッコ列車に乗っていた。
http://hirot.air-nifty.com/railwaychildren/2005/05/2_4fe8.html
この車両とは実に10年ぶりの再会となる。

関門海峡めかり駅までの往復料金と同じ料金の一日乗車券を購入する。
記念に手元に残しておきたいからだ。
カップルや家族連れ中心の列車は九州鉄道記念館を発車する。
ゆっくりしたスピードで門司港の街並みを通り過ぎる。
ノーフォーク広場駅では関門橋が間近に迫り良い眺めである。
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トンネル内では天井に海中の魚貝をイメージした映像が浮かび上がり幻想的だった。
EF30とオハフ33が展示されている関門海峡めかりで10分の滞在後に折り返す。
帰りは出光美術館で下車し、レンガ造りの旧門司税関などを眺めながら門司港駅に戻った。
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小倉に出て名物駅弁の特製かしわめしを購入してから帰路についたことだった。
宇部新川を出てから帰宅するまで14時間ほどの道のりでさすがに疲労を覚えた。

中国地方JR未乗路線乗りつぶし(その1)

2011年からこの時期5年連続でサンライズ瀬戸に乗車となる。
2年ぶりのシングル、3年ぶりの岡山までの道のりだ。
今回は3~4時間ほどと寝台列車にしては割と眠れた。
岡山で食事をする暇がなさそうなので、前夜買ったパンで朝食とした。

岡山からは早速未乗路線の一つ、吉備線である。
実は3年前に乗車予定だったのだが、
サンライズが米原付近で鹿と接触して30分遅れとなったため、
やむなく乗車を断念した経緯がある。

岡山出発時はがらんとしていたキハ47の2両編成の車内も、
駅ごとに高校生が次々乗り込み立客も出た。
沿線風景は平凡で特筆すべきこともなく、
水攻めで有名な備中高松城跡も、車窓からは定かでなかった。

総社で伯備線に乗り換え、通勤通学客にもまれながら倉敷でさらに山陽本線へ。
思えばこのあたりの区間に乗車するのも33年ぶりである。
しみじみとしながら福山でさらに三原行きに乗り換える。

三原からは未乗の呉線である。
車両もロングシートの105系ではなく、あれうれしや転換クロス仕様の115系である。
瀬戸内海沿いを走る風光明媚な路線にはもってこいなのだが、
残念なことに朝は晴れていた空が曇ってきて、雨まで降りだしてしまった。
どんよりけぶった瀬戸内海が侘しい。

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青い海と青い空の穏やかな瀬戸内海を眺めてみたかったと思う。
気勢の上がらぬまま、広で引き続き115系に乗り換えて広島に運ばれる。

ちょうど昼時になったので駅構内で立ち食いうどんの昼食とする。
構内は大改装工事中で、かつて1番線ホームにあった店も橋上通路に移転していた。

広島からは岩国行きに乗るが、今春デビューしたばかりの227系である。
しかし3両と短い編成のため、宮島に向かうと思しき観光客で混雑している。
これまでは最短の編成でも4両だったはずで、
ようやく新車が投入されたとはいえ、短縮化はいかがなものか。
外国人の目立つ観光客が宮島口で大量に降車してやっと着席する。

岩国からはきょう3本目の未乗路線岩徳線である。
キハ40の単行でボックスが埋まっていたため、
最初はロング部に腰掛けるが、ほどなくクロスに移動する。
薄日が射したかと思うと、一度やんだ雨がまた降りだす。
今日は不安定な天候だ。
車窓は徐々に山深くなっていくが、中国山地らしくそれほど険しさはない。
これまで乗車した中国山地の路線の記憶と入り混ざり、少々頭が混乱する。
左手にコンビナート群が現れ、山陽本線と合流して徳山に到着。
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少々時間があったので駅前を一回りしてみるが、
駅ビルの改装工事が始まりあちこち閉鎖された箇所が目立つのも相まって、
近年の地方都市にありがちなくすんだ印象であった。

徳山からは山陽本線で新山口まで運ばれる。
未だに小郡の駅名がしっくりくるこのあたりを訪れるのは31年ぶりである。
当時は駅の南側は田んぼが延々と広がっていた記憶があるのだが、
今ではビルが立ち並んでおり、歳月を感じさせる。

ここからはやはり未乗の宇部線だ。
これまでロングシートが回避できてきたのだが、
この線ばかりはオール105系なので、ロングシート致し方なし。
時間帯的に帰宅の高校生が目立つ中を運ばれる。
あまり車窓も眺められないが、田園風景から海沿いを走る区間もあり、
いろいろと変化のある車窓だった。
宇部新川で乗客が完全に入れ替わり、降車と同じくらい高校生の乗車があった。

宇部線の終点宇部駅は町はずれにあるため、
駅前はあっけないほど何もない。
かつての特急停車駅とは思えないほどだった。

居能まで引き返してから小野田線に乗り換えて雀田へ。
これからが今回の旅の一番のキー路線だった小野田線本山支線である。
年々本数が減っていき、現在では朝2往復、夕1往復という状況。
当然のことながらこの線のダイヤを軸にプランを立てたわけ。

雀田でクモハ123に乗り込むと乗客のほとんどが高校生。
学校が早く終わった日も18時過ぎまで帰宅を待たされるのだろうか。
通学が大変そうである。
途中一駅をはさんでわずか5分であっけなく長門本山に到着。
高校生たちは家路に散っていき、同業者と思しき1名と写真を撮ったり周辺をぶらぶらしたり。
駅からしばらく歩くと周防灘が広がっていた。

いつ存続の危機が訪れてもおかしくないこの線。
クモハ42が現役だったころに訪れてみたかった。

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もう2度と訪れることのない地かもしれないとの思いで同業者と後にした。
雀田から宇部線直通列車で宇部新川に着く。
駅からほど近いビジネスホテルに荷を解く。
昨晩から21時間ほぼ乗り詰めでさすがに疲労を覚える。

夕食は一部で話題の宇部ラーメンとしゃれこみ、
近くの一久という店で大盛りを平らげる。
かなり獣臭い濃厚スープという噂だったが、
久留米ラーメンも食べたことのある僕は特に抵抗もなかったことである。

種村直樹氏死去

数年前より闘病生活を続けていたレイルウェイ・ライターの種村直樹氏が11月6日に亡くなった。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201411/2014110700884&g=obt

中学時代に鉄道ジャーナル誌を定期購読するようになり、
種村氏の記事を目にしていくうちに、
その流れで氏の著書の「鉄道旅行術」、「鈍行列車の旅」を購入。
旅先に持参するほど愛読していた。
とりわけ「鉄道旅行術」は乗り鉄としてのバイブルのような存在だった。

今では故・宮脇俊三氏の著作の影響が大きい自分だが、
中学時代は種村氏の影響を強く受けていた。
宮脇氏と共に鉄道趣味の世界において二巨頭ともいえる存在だった。
お悔やみ申し上げます。

ふたたびシーナリィ・ガイドについて

機芸出版社から40年前に発売された「シーナリィ・ガイド」。
以前もこのブログで取り上げた
最近改めて読み返しているが、実に貴重な資料集である。
駅の配線パターンの解説、機関区、機関支区、駐泊所それぞれの実例の紹介、
昭和30~40年代の蒸機全盛期の鉄道風景が満載なのである。
今年になってようやくNゲージジオラマ製作を始めた人間にとっては、
再現したい風景ばかりだ。

阪奈和鉄道めぐり

今年のこの時期も恒例のサンライズ瀬戸による旅だ。
2011年以来GW前半に実施していたのだけれど、
今年は予定が合わず3週間遅れとなった。
昨年一昨年はシングルを予約したが、
今年は3年前と同じく姫路までの短距離なのでソロを予約。

昨年同様ノンアルコール状態で横になりウトウトしかけたところで長時間停車。
時刻は0時過ぎで富士のようである。
車両点検の影響ということらしい。
発車しかけて急停車を繰り返していたような記憶があるので、
足回りのトラブルであろうか。
1時間40分遅れとのカレチ氏のアナウンスだったが、
最終的に姫路には2時間2分遅れで到着。
特急料金は払い戻しされたものの、スケジュールの大幅な調整を余儀なくされた。

列車の遅れが決定的になった頃から、遅れ時間をシミュレートしあれこれ再検討。
おかげでほとんど眠れない状態のまま朝を迎えた。
当初の予定にあった山陽網干線と阪神なんば線には乗車できなくなった。
結局姫路付近で乗る路線がなくなってしまい、
まったく何のために姫路まで行ったのかわからなくなるが、
大阪行きの銀河が廃止になり6年経つ今、
寝台列車で関西方面に出かける唯一の手段とあれば仕方がない。
今回は阪和から奈良エリアの未乗線区乗りつぶしがメイン・テーマである。

3年前にならって駅近くの松屋でソーセージエッグ定食の朝食。
当時解体中だった旧駅舎あたりはすっかり新装のビルが建っていた。
新快速で大阪に運ばれ、御堂筋線を使い南海の難波へ。

難波から空港急行で関西空港へ。
南海は23年前に本線の難波-羽衣しか乗車しておらず、
大手私鉄の中では乗りつぶし率が最低レベルで何とかしようと思っていた。
まずは関西空港に到着して空港線を完乗。
ここにはJR関西空港線も乗り入れている。
特急ラピートを前面に押し出した派手な南海の広告に比べ、
控えめなJR西日本が印象的だった。
日根野まで乗車して関西空港線も完乗した。

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日根野から一旦りんくうタウンに戻って南海に乗り換え、
南海本線と多奈川線の完乗を目指す。
近辺の加太線と和歌山港線にも乗りたいのだが、スケジュールの都合で今回は見送る。

関空との間を2往復行ったり来たりして南海本線に戻りみさき公園に。
ここから短い支線の多奈川線に乗り換える。
大阪府内にもこんな場所があったのかと思える鄙びた景色の中、
わずか数分で多奈川に到着。
こはいかに、自動改札でモバイルSuicaが出場できない。
駅員氏によればりんくうタウンのコンコースで、
JRと南海乗り換えのためのカードリーダにタッチしていなかったことが原因との由。
そのまま乗り換えが可能と思っていたのでうっかりした。
南海分の運賃を現金で支払い、JR分はJR駅で処理してくれとのことだった。

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和歌山市までの切符を購入してみさき公園乗り換えで和歌山市に到着。
これで南海本線を完乗。
紀勢本線で未乗だった和歌山市-和歌山を乗りつぶす。
片隅を間借りしたようなホームから和歌山までの2駅を移動。
2002年に亀山-多気に乗車してから12年で紀勢本線完乗となった。

和歌山の改札氏に説明してモバイルSuicaの処理をしてもらい一安心。
50分ほど時間があるので駅周辺をぶらぶら歩く。
市街地には細い路地に並ぶ商店街が目立ったが、
恒例のシャッター通りになっているところばかりだった。
そろそろ昼食時で、和歌山ラーメンの有名店井出商店があったが、
行列の長さから次の乗車に間に合いそうもないので回れ右する。
昼食は阪和線ホームの立ち食いうどんのかやくうどん270円で済ます。
安くて味の方はまずまず。

ここから王寺まで和歌山線約2時間半の旅だ。
車両は103系1000番台改造の105系2連。
もう改造後の車歴の方が遥かに長い。今年で30年になる。
常磐緩行線では後継の203系ですら引退してしまっているのだ。
JR西日本は古い車両を実に大事に使っている。

和歌山線は正直言って車窓の魅力に乏しく、平凡な風景に終始し、
寝不足も手伝ってたびたび睡魔に襲われてしまった。
それでもよく晴れて陽射しは明るく、新緑が眩しい5月に救われた。
寒々しい季節で天気が悪かったら気分が滅入ってしまったかもしれない。

和歌山からの乗客は橋本まででほとんど降りてしまう。
すっかり車内が入れ替わり、五條や吉野口で少しずつ増えて高田。
沿線でイベントがあったようでそれらしき集団が目立つ。
ここでもかなり出入りがあって王寺に到着して和歌山線完乗である。

桜井線の発車まで4分しかないので改札を急いで出入り。
こちらも和歌山線同様平凡な田園風景が広がるが、
歴史の古さを感じさせる旧家の数々は味わいがあった。

奈良でも奈良線への乗り継ぎ時間が短いので駆け足で階段を下る。
降り立つのは16年ぶりで高架化されてからは初めてだのに、
221系の快速に乗り込み慌ただしく立ち去ることとなった。
京都からのぞみで帰路についたことである。

Nゲージのミニジオラマ製作

GWを利用してNゲージのミニジオラマを作ってみた。
元となったのはRM MODELSの別冊として発売されたキットである。
昨年正月に購入してからずっと放置していたのだが、
今年に入ってジオラマ、レイアウト制作意欲が増してきており、
まとまった休みをこれ幸いと一念発起してチャレンジしたことである。

キットはベースになるスチレンボードや発泡スチロール、
フレキシブルレールにバラスト、カラーパウダー、コースターフ、樹木というシンプルな構成。
塗料や接着剤、工具は別個用意しなくてはいけない。
連休前に模型店や量販店に100円ショップも利用して買い揃えておいた。

まずは地形を整えることから始まる。
水面になるベースのプラ板にスチレンボードを貼りつける。
ボードの縁の部分をなだらかな斜面になるようにカッターで削る作業だ。
思うように削れず凸凹になってしまったが、これは後で塗料やターフで誤魔化せる。

続いて山となる部分の発泡スチロールの成型。
所謂饅頭山とならないように自然な形に削ろうとするのだが、
初心者の悲しさか不自然な形にならざるを得なかった。

いよいよ線路の配置。
瞬間接着剤で固定後にバラスト散布である。
100円ショップで購入した調味料入れでバラストを撒き、
同じ店で購入した園芸用の器具でモーリン製スーパーフィクスの水溶液を滴下。
この器具が使い勝手が悪く、思うように滴下量を調整できない。
線路わきのバラストが崩れまくってしまう。
普通のスポイトを買えばよかったかと思う。
しかしこの辺も後で修正可能である。

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ここまでが1日目の作業で、一晩かけてバラストの固着を待ち、
2日目は線路の塗装に移る。
キットの線路の枕木は黒、バラストは灰色でそのままだと実感に乏しい。
タミヤのレッドブラウンをスプレー塗装する。
スプレー塗装も8年くらいご無沙汰だった。
2時間ほど乾燥させてレール踏面を紙ヤスリで磨いておく。

地面の塗装にはタミヤのテクスチャーペイントブラウンを使った。
乾くとザラザラした表面になり土の質感が出る一品。
こちらも乾燥まで3~4時間ほどかかるのでしばらく放置した。

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乾燥後は緑化作業となるが、その前に踏切の設置である。
情景コレクションの第4種踏切を使用。
踏み板は長すぎるので短くカットし、標識等も細かく分解して利用した。
前述のスーパーフィクス水溶液を塗布した後にグリーンのパウダーを撒き、
次いでコースターフをピンセットで接着していった。
これまでの車両工作に比べ自由度が高く、
固着前にいくらでも修正が可能なのでなかなか楽しい作業だ。
この間を利用して架線柱や電柱、樹木の取り付けを行う。
また、川の水面となる部分にクレオスホビーカラーのグリーン、
道路部分にグレーを塗っておく。

実際に車両を置いて色々と検討してみるが、
樹木がやや違和感があったので撤去する。
穴はコースターフで塞いでおいた。

ジオラマの周囲に貼りつけたプラ板をダークグレーに塗装してから、
最後の仕上げとして水面の表現である。
モーリン製のグロスカラーメディウムグリーンを塗布。
直後は白濁しているが乾燥後は透明で艶のある状態になり、
リアルな水面を表現できる。
道路にはカーコレ第13弾の三菱ふそうキャンターなぞを置いてみる。
ここまでで2日目が終了した。

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一晩明けてなかなかの出来となっていたので、
鉄コレ第2弾の琴電62形を配置してみた。
地方私鉄風の雰囲気が出ており満足である。

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思えばNゲージをスタートして36年。
当初からレイアウトにあこがれていた。
途中20年以上のブランクはあったものの、
ようやくジオラマ製作にこぎつけることができた。
しばらく小さいジオラマを作ってみてから、いよいよレイアウトになるだろう。
本格的なレイアウトを完成させられる日はいつのことになるかわからないが、
とりあえず最初の目標をクリアできたことである。

Nゲージミニジオラマを作ろう! (鉄道模型はじめの一歩シリーズ)

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花巻電鉄の馬面電車

RMライブラリ176「花巻電鉄(上)」がこのたび刊行された。
以前の投稿で書いたように、30年ほど前のRF誌の連載記事でこの鉄道を知った。
同記事で紹介された福島交通軌道線と同じく、狭い田舎道の片隅を走る電車の姿に魅了された。
とりわけ軌道線は福島交通軌道線以上に幅の狭い電車が「馬面電車」として有名だった。
Nゲージでこのような情景を再現しようと思いながらなかなか実現できない。
今後、中巻下巻と刊行されるようで楽しみである。

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あけぼの定期最終列車への思い

現在上野と青森に向かっている定期列車としては最後の運転となった寝台特急あけぼの。
同列車に乗車したのは2001年6月が最初で最後になってしまった。
上野から東能代まで乗り、その後は五能線の車窓を堪能した。

開放B寝台の一角は鷹ノ巣まで帰る熟年夫婦とその奥さんの妹さんと共にすることとなった。
口下手な自分なので交わした会話はそれほど多くなかったのだが、
みかんをもらったり車販の朝食用のサンドイッチを分けてもらったりと、
みちのくの厚い人情を感じさせられたことだった。
新幹線や高速バスでは決して味わうことのないと思われる貴重な体験である。
もう13年も前になってしまったこの良い思い出を大切にしていきたい。

さようならあけぼの。

都電を描いた「でんしゃ通り一丁目」第1巻発売

昨年まで週刊モーニング誌で不定期連載されていた
国鉄時代の客扱専務車掌を描いた「カレチ」。
感動的なエピソードの数々が大好評だった。

同じ作者により週刊漫画ゴラク誌に一昨年から不定期連載の(一部は増刊に掲載)、
「でんしゃ通り一丁目」の単行本がこのたび発売された。

舞台は都電の路線網が全盛期を迎えた昭和30年代の東京。
都電の青年車掌と福島から上京した少女を中心に、
乗客や近所の人々を交えてストーリーが展開される。

評判だった車両の細かいディテールや沿線風景のこだわりは今回も健在。
「カレチ」では後半、国鉄分割民営化へと向かっていく過程で、
重苦しいストーリー展開となってしまったのだが、
今回の作品はこれまでのところほのぼのとしたタッチで描かれ、
初めて目にした人にもお勧めできる一品である。

4月からは別冊漫画ゴラクでバスを舞台にした
「おもいで停留所~バスに君が乗っていた頃~」の連載が始まる予定で、
今回の「でんしゃ通り一丁目」共々今後が楽しみである。

でんしゃ通り一丁目 1 (ニチブンコミックス)
池田 邦彦
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BSフジで鉄道伝説第3シーズンが放送中

BSフジの「鉄道伝説」。
現在は第3シーズンが毎週日曜深夜に放送中である。
http://www.bsfuji.tv/tetsudo_densetsu/

NHKでかつて放送されていた「プロジェクトX」の鉄道版といったドキュメンタリーで、
新車両開発における技術陣の奮闘ぶりを描いた回が中心であるが、
先日の放送では大阪万博の波動輸送に焦点を当てていた。
鉄道に特化しているだけあり、専門的でなかなか興味深いのだが、
BSの悲しさか製作費は少ないように思われ、
本家のプロXに比べると全体のつくりが安っぽく見えてしまうのは否めない。

現在Blu-rayディスクが第4巻まで発売中だ。

追記:4月からは再放送と新作を交互に放送するスタイルとなっている。
またBlu-rayディスク第5巻が発売された。

鉄道伝説 第1巻 [Blu-ray]
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鉄道伝説 第2巻 [Blu-ray]

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鉄道伝説 第3巻 [Blu-ray]

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